戦後の主な歴史
日本国内においては「全国学校体育振興会」なる団体の存在が大きく影響している。日本の体操着がある時期画一的に決まっていたのはこの団体の各学校およびメーカーへの指導によるものではないかと思われる。
1960年代前半までは、男子は白綿のランニングシャツに白のブロード地の短パン、女子は白綿のブロード地の開襟シャツに紺サージのちょうちんブルマーだった。
1960年代後半には、男子は白のメリヤス地のトレーニングシャツに白サージの短パン、女子は白のメリヤス地のトレーニンクシャツに紺サージの半ズボン型ショートパンツとなった。この頃には既に「学校体育振興会」のマークがつけられていることが多かった。
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1970年代初めには、男女とも白のメリヤス地に青や紺のラインの入ったトレーニングシャツ、当時「サッカーパンツ」「カラーパンツ」と呼ばれていた紺や青のナイロン製のトランクスタイプの短パン、そして女子用として紺ニット生地ショーツ型ブルマーが一般的になり、それぞれに「振」という学校体育振興会のマークがつけられていた。
1980年代末にそれまで男子用(一部女子用)に普及していたナイロン製の短パンから、当時「バレーパンツ」と呼ばれた紺のコットン合繊の短パンに取って代わられるようになり、1990年代に入るとブルマーに対する批判が高まったのを受け、女子もブルマーから「バレーパンツ」へと移行する。